dohc2401

第37巻第4号                2024/1/1
XXXVII-XXXVII-XXXVII-XXXVI-XXXVII-XXXVII-XXXVII-XXXVII-XXXVII-XXXVII

DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行 発行責任者 守一雄
(kaz-mori@cc.tuat.ac.jp)
http://www.avis.ne.jp/~uriuri/kaz/dohc/dohchp-j.html


 明けましておめでとうございます。今年も『DOHC月報』のご愛読をお願いします。

 年賀状にも書きましたが、昨年の活動を簡単に報告します。一昨年は4月からだった専業主夫業も昨年は1月から丸々1年間となり、年間350日以上60種類以上の夕食を作りました。2月には5年ぶりに科研の分担者になれることが決まりました。3月と4月には英文共著論文を公刊しました。4月からは地域の常会長になり、国保に加入しました。5-7月は退職前から引きずってきた最後の仕事SARMAC Nagoyaの準備に明け暮れ、8月に無事開催できました。9月には代表者分担者合わせて3件の科研費の申請をしました。11月と12月には新しい論文を投稿しました。こうした合間をぬって昨年は12件の論文査読をしました。(守 一雄)

(c)新潮社
 

【これは絶対面白い】

飯山 陽『イスラム教の論理』

新潮新書 (¥858)

 ウクライナに加えてイスラエルでも戦争が始まってしまった。これはユダヤ教とイスラム教とのルーツを同じくする一神教の間での「兄弟喧嘩」のようなもので、簡単には解決できない。しかし、イスラム教は世界中に信者が拡大している大宗教であり、いずれは民主主義社会との対立が世界規模で起こるかもしれない。そんなこともあって、以前からイスラム教について少し勉強してみようと思って中田考さん片倉もとこさんの書いたもの読んだりしていた。しかし、「イスラムは平和な宗教」という中田さんたちの説明では、イスラム教徒によって引き起こされるテロ行為がなぜ頻発するのか理解できないままだった。

 しかし、この本を読んで初めて多くの疑問が解けた。中田さんたちイスラム教の専門家は自身が教徒でもある。そこで、彼らの目にはイスラム教の悪いところが見えないか、あるいは見えていてもそれを巧妙に隠しているのである。だから、彼らの説明をいくら読んでも私たちが知りたい本当のところはわからないのだ。一方、飯山陽さんはイスラム教の専門家であるが信者ではない。そこで、私たちの視点に近いところからイスラム教の本質を教えてくれる。(どうやら、彼女は日本のイスラム関係者からは反逆児の扱いを受けているようだ。)

 この本によれば、キリスト教の聖書に相当するものがイスラム教のコーランと考えていたのではダメなのだ。イスラム教の信者はコーランに書かれていることを神の命令としてそのまま実行することが求められている。コーランは、単なる「人生をより良くするための教え」なのではなく、「法治社会における六法全書」のようなものである。「イスラム国」というのも、法治国家という制度自体を否定して、コーランに基づくイスラム法による世界統治を目指している。イスラム法には、西欧主導の国際社会の基本単位となっている国という概念さえない。国などなくても「神の言う通りに生きれば良い」のである。

 日本などの民主主義法治国家は法律が重視されるが、その法律も結局は「国民の意思によって作られたもの」であり、時代とともに変わっていく柔軟なものだ。しかし、イスラム法は「神の言葉」であって、それは常に絶対的に正しく、人々がどう考えるかによって変わることはない。そして、恐ろしいことに、「異教徒は改宗させるか殺してしまうか」がこのイスラムの法律なのである。

 思えば高校の世界史の時間に「コーランか剣か」という言葉を習ったが、それは歴史上のことだと思っていた。しかし、今もイスラム教ではこの教えが生きているのである。私たちはこんなイスラム教と平和的に共存していくことができるだろうか。

 飯山さんは2018年出版のこの新書がデビュー作で、これが私の1番のおすすめである。その後の著作もこの本をまず読んでおくほうがわかりやすいと思う。なお、飯山さんはYouTubeでも動画を配信しているが、「わざと不快な話し方をしているよう」でどうも好きになれない。(守 一雄)

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