dohc2403

第37巻第6号                2024/3/1
XXXVII-XXXVII-XXXVII-XXXVI-XXXVII-XXXVII-XXXVII-XXXVII-XXXVII-XXXVII

DOHC(年間百冊読書する会)MONTHLY

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毎月1日発行 発行責任者 守一雄
(kaz-mori@cc.tuat.ac.jp)
http://www.avis.ne.jp/~uriuri/kaz/dohc/dohchp-j.html


 「今年こそは」と意気込んでいた科研費が不採択で落ち込んでいます。同じように「今年こそは」と期待していたジェフ千葉も開幕戦に逆転負け。それでも、昨年11月から始めたウォーキングのせいか、体重も減って健康状況は良好です。ウォーキング中には、北へ帰る鳥の見事な雁行を目撃し、ムクドリ、ヒヨドリ、ツグミ、オナガ、ホオジロ、オオサギなどバードウォッチングも楽しんでいます。(守 一雄)

(c)岩波書店
 

【これは絶対面白い】

内藤正典『トルコ 建国100年の自画像』

岩波新書 (¥1,100)

 トルコは昨年(2023年)10月に建国100周年を迎えた。トルコの正式名称は「トルコ共和国」であり、その特徴は「イスラム教の国でありながら世俗主義の共和国」であることだ。しかし、実はこの本を読むまで「世俗主義」の意味についてほとんど知らなかった。

 では、世俗主義とは何か?「政教分離」のことだという。それは政治と宗教との分離であり、もっと言えば、政治から特定の宗教の影響を排除したり、国の政策として特定の宗教を優遇したりしないことだ。しかし、戦前の「天皇が神である」とした国家神道に戻らないようにするための「ハトメ」のようなことで、もともと宗教心の薄い現代日本人には重要性が感じられないものだ。

 しかし、国民の9割以上がイスラム教徒であるトルコでは、政教分離は大問題だ。イスラム教と民主主義は水と油だからである。イスラム教徒にとって善悪の基準は神であるアッラーの言葉であって、人間が議論したり多数決したりして決めることではない。人間たちが集まって議論しようと全知全能の神に叶うはずがない。だから、イスラム教と民主主義は両立しない。現に、イスラム教の国はイスラム主義か王族支配かのどちらかしか存在しない。

 その例外的な国がトルコだったのである。(おっと、インドネシアとマレーシアも例外かもしれない。勉強不足のため、ここでは保留とする。)第一次世界大戦で敗れたことで崩壊したオスマン・トルコ帝国はその領土の大半をイギリスやフランスなど戦勝国に奪われることとなった。それを現在の領土までに広げて「新生トルコ共和国」の建国に多大な貢献をしたのは、「トルコの父」と呼ばれる初代大統領ケマル・アタテュルクであった。(姓の「アタテュルク」はトルコ語で「トルコの父」という意味だ。)アタテュルクは新生トルコがヨーロッパと共生していくにはイスラム教国でありつつも政治形態にはイスラム教の影響を排し、世俗主義を貫く必要があると考え、新生トルコの憲法にそれを明記した。しかも、この条項は改正不可とまで規定した。

 それでも、これは簡単ではない。国民のほとんどがイスラム教徒なのだから、イスラム教を政治に持ち込もうとする政党が選挙では勝つことになる。選挙こそが民主主義の根幹だからだ。しかし、トルコではそうした場合に最高裁判所が「イスラム教の政党は憲法違反だ」として解散命令を出すのだ。政党もそれを見越して、あらかじめ新しい別の政党を用意しておく。さらに、イスラム教から国の体制を守る最後の砦は軍である。イスラム教の政党が政権を握り、憲法に掲げる世俗主義が危うくなると、軍はクーデターを起こしてイスラム政権を倒すことまでする。そして、「健全な民主勢力」が十分に力をつけてきたら、また民主主義に戻るのである。でも、軍に守られた民主主義は真の民主主義なのだろうか。

 これ以外にもトルコには矛盾が山積している。トルコは親米でもあり親ロシアでもある。トルコはNATOの一員であるが、EUへの加盟も望んでいる。アジアなのかヨーロッパなのか、不思議な国トルコは、ウクライナ紛争やパレスチナ問題の解決に大きな役割を果たしてくれるかもしれない。 (守 一雄)

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