毎月1日発行 発行責任者 守一雄
(kaz-mori@cc.tuat.ac.jp)
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実を言うと、残念ながら74歳の私には、この本で推奨されていることのほとんどがもう手遅れであった。「今しかできないことに、惜しみなく金を使え」と言われても、もうやりたいことが見つからない。昨年から息子を誘ってJリーグ観戦にも出かけるようになったが、なにしろ疲れる。DAZNで見る方がずっと楽である。もっと若い頃、20代や30代の頃にこの本に出会いたかった。
それでも、自分の若い頃を思い出してみると、私は著者の勧めるような生き方を選んでいたことにも気づいた。例えば「ルール2の章」で、著者は20代前半の頃、ルームメイトが3ヶ月仕事を休み、しかも高利貸しから借金までしてヨーロッパにバックパック旅行に行ったことを紹介し、この友人が「金では買えない、かけがえのない体験を得た」と称賛し、そうしなかった自分を後悔している。なんと、私も大学生の頃に、借金はしなかったものの、アルバイトなどで資金を捻出して、8ヶ月ほどロンドンに滞在し、バックパックを担いでヨーロッパを巡る旅行をするという貴重な経験をしていた。なんのことはない、私は著者に羨ましがられる側にいたのだ。
著者のパーキンス氏は「人生の最後に残るのは思い出だ」と主張する。そして、若い頃の思い出は人生で何度も思い出し、株の配当のように、「記憶の配当」として人生を通して喜びを与えてくれるのだという。確かに今思うと、私の20歳での経験はその後の人生に大きく影響し続けた。「記憶の配当」だけでなく、卒論のネタも、学位取得のための実験研究も、その後の研究者としての生き方の選択も、この経験なしにはあり得なかった。この冒険旅行を計画した当時18歳の私を改めて褒めてやりたいと思う。
もっとも、逆の思い出もある。学生結婚をしてカナダの大学でプリドク(ポスドクではない。学位を取る前の薄給研究員)をしていたときに、東ドイツでの国際学会に参加に後に、スイスに観光旅行に行った。確かスイス鉄道に乗り放題のパスを買って、スイス国内を移動していたのだったが、ユングフラウの登山鉄道はこのパスでは乗れなかった。あまりに高額だったので諦めたのだったが、これは今も心残りである。
というわけで、著者の主張には全面的に賛同できるし、自身の若い頃の決断が肯定的に評価できることが嬉しい。そこで、この本を妻にも勧めて、妻の読後に二人の若い頃に思い出のあれこれについて語り合った。そして、極めて残念なことに気づいた。それは私のエピソード記憶力の極度の乏しさである。同じ経験をしていながら、妻が覚えていることの10のうち、わずか1程度しか私には思い出せないのだ。以前から、自身のエピソード記憶が希薄であることに気づいてはいたが、ここまで貧弱であると、せっかくの「記憶の配当」のほとんどが受け取れていなかったことになる。(守 一雄)